転職失敗体験記.comでは、転職したものの失敗に終わってしまった体験記を紹介しています。
ユーザーのみなさまから寄せられた、体験記をどうぞお役立てください。

高校生のころ働いていた、うどん屋さんから短大生になるのをきっかけに翻訳会社に転職。翻訳会社で経理をすることになった。20人くらいの人が、翻訳・キーパンチャー・経理にわかれていて翻訳は、外国人の方を中心に頑張っていた・・・これを社長が評価しインセンティブを決め経理にまわる。1万円から5万円くらいの幅で・・・これが、社長に意見を言いケンカに発展すると0円になる・・・・ですから辞めてしまうわけです!!これは、恐ろしい?やっぱり失敗ですよね。最終的には、翻訳の外人さんが辞め&私も退職。
後に、なんと会社は倒産したのでした。この転職失敗体験記のURL

もともと土日祝日休みじゃない会社にいたので忙しかったため、休みが取れるという今の会社に派遣先を変更。
しかし、表向きは秘書・・・・。
でもタダの留守番。1日1人で番。派遣担当には何度も言っているんですが仕事はなし。
お茶くみと掃除。後はネットで遊んでいて。
始めはラッキーなんて。
今は苦痛・・・。
外出は出来ない。誰とも話さない。
帰ってイイヨーと急に早退になったり。
適当すぎる。
コミにケーションもいっさい無い。
お金持ち会社は憧れていたけど、住み世界がちがうわーこの転職失敗体験記のURL

取引先の社長は面倒見がよく真面目、休日もしっかりあると聞き入社した。ところが社長は嘘つきだし、休みを1日でも取るとずーと嫌味を言われ容姿の事についてもグダグダ言われる。社員はほとんど血縁で仲間内で仲良くやってる。何敗のおばさんのイジメも酷く、細かい事でうるさい排他的で自分の事しか考えてない会社だったこの転職失敗体験記のURL

介護職に就いて4年経ちます。特養、ショートステイ、有料ホーム、小規模多機能施設と、一通り経験し、スキルも積んできました。
今年の1月末。3年間勤務してきたショートステイ(某特養内)を退職しました。職員同士の人間関係も良好で、待遇的には少し難はありましたが、退職に追い込まれるような大きな問題点があったわけではありません。
「転機だっただけだ」と思いたいのですが、その職場で勤務を続けていくこと自体、気持ち的に無理になってきました。わたしの中で飽和状態になってしまったのです。
ちょうどその時に、新しく制度化された『小規模多機能型施設』がオープンするということを知りました。自宅からも近いし、新しい介護スタイルの施設ということで、「やってみたい」と思いました。
そこで、ショートステイを1月末で退職し、2月1日から新しい職場に再就職し、夢と希望でワクワクしながら臨みました。3月オープンに向けてさぞや忙しかろうと、それが楽しみで勇んで出勤したのですが…。
蓋を開けてみてビックリとはこのことで、「新規オープン」という落とし穴が待っていました。決定している定期利用者が、たったの一人だったのです。なのに、職員は常時5人もいます。当然、職場にいてもやることがありません。
今まで特養で、時間に追われて排泄介助、食事介助、入浴介助、移乗介助、見守りに傾聴…と、目が回るほど働いてきて、それが身体に染み込んでいるわたしにとっては、働きに来ているのに仕事がないという状況は計り知れない苦痛でした。
たとえ仕事内容が、掃除や食事作り、庭の花の水やりだけだとしても、辞めるわけにはいきません。わたしは母子家庭なので、どんな仕事であっても収入が必要なのです。
ですが、頑張るに頑張った結果、2ヶ月が限界でした。気づかないようにしていたのかもしれませんが、確実にわたしの心は蝕まれていました。勤務になると発熱し、しまいには呼吸困難の症状も出るようになり、一日勤務するのが難しくなりました。職員の仲間にも迷惑をかけることになるので、3月いっぱいで退職をしました。
その後、心療内科を受診し、「自律神経失調症」と「軽うつ症」と診断されました。半年ほど心療内科に通院し、たくさんの薬も飲み、実家に戻ったこともよかったのか、今は症状は治まりました。でも、今までみたいにフルタイムでがっつり働くことができません。たった2ヶ月で仕事を辞めてしまった自分の不甲斐なさを許せない一方で、それがトラウマになってしまい、「また失敗するかも、もう失敗できない」という強迫観念に捕らわれて、動けないのです。
「なぜ」(転職に)失敗したか。それは考えてはだめだと、心療内科の医師には言われました。「単に、休息の時期がきただけだ」と思いなさいと。それはそうだとは思います。でもやはり考えるに、前の職場(ショートステイ)を辞めるときに、気持ちのどこかに「逃げ」はなかったか?と自問してしまいます。新しい職場に魅力を感じて、前向きに辞めていくんだというイメージを、自分自身に刷り込んでいたのではないか、と。ここを辞めたいがために。
更なるステップアップを図り、真に前向きに転職をするならいざ知らず、やはり心の片隅にでも「逃げ」の気持ちがあっての転職は、遠からずオチがつくものなんだなと痛感しました。
今は、80歳の父親と小学3年生の娘のために、家事と育児をきっちりとこなす「スーパー主婦」をやっています。無理せずに働ける、自分に合った条件の仕事口に出会えるまで、焦らずに探していこうと思います。娘の笑顔、「ただいま!」と帰ってくる元気な声、孫と過ごせる幸せを噛みしめている老父の顔を見るたびに、「今はこれがわたしの『お給料』だ」と思えるのです。この転職失敗体験記のURL

職安で基本給いくらと書いてあり、その会社に就職しました。でも給料明細をもらってみると、職安で書いてあった基本給とは、基本給+基本加給だったのです。なのでボーナスで大きな差が出る事になり、こんなはずではなかったと…。
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以前の職場は倒産とは無関係な大手の派遣で働いていました。直雇用にならないかとのはなしがあり、今思えばありがたい話なんですが、契約満了で辞め時給面、施設面でも文句なしの所に転職しましたが、入社し2か月で破産!びっくりというより給料どうすんだよ!って感じです。つくづく思ったのが派遣だろうが直雇用だろうが勤務先の先を見る力は本当に大切だと実感しています。目先に時給に惑わされてはいけないですね。この転職失敗体験記のURL

某会社で経理の仕事をしていましたが、給料が安く、このまま30歳になるのは嫌だと思い、ホームヘルパー2級の資格を取って特別養護老人ホームに転職しました。
夜勤はあるし、入居者の人数は多いのに、介護者の人数が少ないため、負担は大きい。にもかかわらず、給料は前の会社とあまり変わらないぐらいの金額だったので、なんか悲しくなったのと、腰を痛めたのとで、三ヶ月で辞めてしまいました。
結局その後は、正社員の仕事もなかなか決まらず、派遣社員として仕事をしていました。
今は結婚して専業主婦をしています。
某会社で経理を続けていたら、退職金がもっと、もらえていたのに、と後悔しています。この転職失敗体験記のURL
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